イサカ(side B)

As you set out for Ithaka, hope the voyage is a long one, full of adventure, full of discovery.

Lawler and Coyle『Lectures on Contemporary Probablity』Student mathematical library, AMS, 1999.

Lectures on Contemporary Probability (Student Mathematical Library, V. 2)

Lectures on Contemporary Probability (Student Mathematical Library, V. 2)

学部生に対して行われた,IAS/Park City 数学研究所の確率論のサマースクール(?)の講義をまとめた本.全部で,99ページと非常に薄い.[舟木]の前に,この本を読んでもよかったと思う.内容はとても面白い.後半の約1/4は,シミュレーションに充てられている.当然ながら,難しいところは,ヒューリスティックな説明やおはなしになっていて,証明まではのっていない.最近の確率論の雰囲気をつかむのに適した本なのかも.

第1章:1次元の単純ランダムウォークスターリングの公式
 {\bf Z}上の単純ランダムウォークについて,nステップ後の距離の二乗の期待値はnであることや,再帰的であることなどが書かれている.また,スターリングの公式も(ほぼ)証明されている.

第2章:多次元の単純ランダムウォーク
 {\bf Z}^d上の単純ランダムウォークについて,2次元のときは再帰的だが,3次元以上では再帰的でないことが書かれている.さらに,二つのランダムウォークが交差するかどうかを考え,4次元以下では確率1で交差し,5次元以上では交差する確率は1未満であることが説明されている.また,nステップまでに交差する確率の漸近的な大きさについて,どんな予想があるかが書かれている.

第3章:自己回避ウォーク
 {\bf Z}^d上の自己回避ウォーク(SAW)について,長さnのSAWの個数の漸近的な大きさなどが議論されている.分かっていないことが多いと書かれている.(全然理解していないのだが,2000年代に入って,シュラム,ヴェルナーをはじめとする人々によって,SAWなどについて非常に大きな進展があったらしい.)

第4章:ブラウン運動
1次元の単純ランダムウォークの極限として(時間を1/N, 距離を1/sqrt{N}),ブラウン運動が得られることが説明されている.また,ブラウン運動の零点のbox次元が1/2であることが,ヒューリスティックに説明されている.

第5章:カードシャッフルとランダムな置換
N枚のカードに対して,カードを切るという操作はN枚のカードの置換群 S_Nの元を与えることと思える. iid のS_N-値確率変数を与え,N枚のカードに作用させることで,N枚のカード上のマルコフ連鎖ができる.この章では,いくつかのカードシャッフルの仕方が書かれている.

第6章:7回シャッフルすれば十分(だいたい)
リッフル・シャッフルというカードの切り方を考えて,リッフル・シャッフルからN枚のカード上のマルコフ連鎖を作る.全変動ノルムで測って,N=52のときは,7回シャッフルするとかなり混ざることが説明されている.詳細については,Mann, How many times should you shuffle a deck of cards, in Snell (1995), 261--289 に委ねている.

第7章:有限集合上のマルコフ連鎖
有限集合上のマルコフ連鎖が定義され,既約で非周期的ならば,定常分布が存在することが証明されている.だいたい[舟木]の7.4節の内容にあたる.

第8章:マルコフ連鎖モンテカルロ法(MCMC
マルコフ連鎖の定常分布を知るアルゴリズムとして,二つの例が挙げられている.一つの例は,0, 1からなるランダム行列(ただし, 1の隣りあう成分は0のみである行列)とイジングモデルとの関係がお話として説明されている.もう一つの例は自己回避ウォークに対する pivot algorithm が説明されている.(あまりよく分からなかった.)

第9章:ランダムウォークと電気回路
重み付き有限グラフ上のランダムウォークについて,電気回路と合わせて説明されている.調和関数やエネルギー,ディリクレ問題について簡単に書かれている.

第10章:一様全域木(uniform spanning trees)
連結単純グラフGに対して,Gの全域木を作るgroundskeepwer's algorithmとよばれる確率的なアルゴリズムが説明されている.さらに,このアルゴリズムによるマルコフ連鎖の定常分布が,Gの全域木の集合上の一様分布であることが説明されている.詳細については,Pemantle, Uniform spanning trees, in Snell (1995), 1--54 に委ねている.(あまりよく分からなかった.)

第11章:ランダムウォークのシミュレーション
主に,第1章と第2章の計算についてのシミュレーションが書かれている.

第12章:その他のシミュレーション
乱数生成器を用いて,正規分布の乱数を出すにはどうすればよいかが書かれている.また,第6章や第8章の計算についてのシミュレーションが書かれている.

第13章:数理ファイナンスにおけるシミュレーション
(読まなかった.)